
長年、日本のノルディック複合をけん引してきた渡部暁斗選手が、2025–26年シーズン限りでの現役引退を表明しました。
オリンピックで3大会連続メダルという実績は、競技の厳しさを知るほどに際立ちます。
さらに2026年のミラノ・コルティナ冬季五輪は、渡部暁斗選手にとって6度目の舞台であり、競技人生の総決算として位置づけられています。
銀と銅を積み上げてきた名手が、最後に何を目指し、何を残そうとしているのか。
そこにこそ、いま読み解く価値があります。
ここではまず、ノルディック複合という“総合力”の競技で渡部暁斗選手がどのように強さを磨き、長く第一線に立ち続けてきたのかを整理します。
次に、ソチ2014・平昌2018・北京2022で刻んだオリンピックメダルの意味を、色や順位だけでなく背景の重みも含めて掘り下げます。
さらに、引退表明に至る決断とミラノ・コルティナでの「ラスト五輪」に込めた覚悟、本人の言葉からにじむ本音にも触れていきます。
ノルディック複合で築いた渡部暁斗選手の軌跡

ノルディック複合は、前半のジャンプで得た優位を後半のクロスカントリーで守り、または追い上げて決着する競技です。
ジャンプは距離や着地の完成度などで点差がつき、その差が後半のスタートタイム差に変換されるため、数点のミスがそのまま秒単位のビハインドになります。
飛ぶ技術だけでなく、持久力と戦術、風や雪質への対応力、そして本番で力を出し切る精神力が求められます。
前に出て逃げ切るのか、集団で脚をためて最後に勝負するのかといった判断も一瞬で変わり、攻め方の引き出しが多い選手ほど強さが際立ちます。
まさに「総合力のスポーツ」であり、選手としての厚みがそのまま結果に映る世界です。
その世界で、渡部暁斗選手は長く第一線を走り続けてきました。
トリノ五輪から数え、ミラノ・コルティナ五輪で6度目のオリンピック出場となるキャリアは、単に“長い”だけではありません。
競技は年々スピード化し、ジャンプのトレンドや用具の最適解も細かく変わっていきます。
さらに各国の強化は科学的になり、コンディショニングや分析の精度も上がる中で、渡部暁斗選手が世界の流れに飲み込まれず、むしろ流れを読みながら自分をアップデートし続けたことが、この長いキャリアを支えてきました。
渡部暁斗選手の強みは、ジャンプと距離のどちらかに極端に偏らない、安定した総合力にあります。調子の波が出やすい競技で、シーズンを通して上位に絡み続けるには、体の仕上げ方と回復、細部の技術調整、そしてメンタルの整え方が欠かせません。
ジャンプで大きく崩れない土台があるからこそ、距離で勝負する展開も、前半で前に出て守る展開も選べます。
大舞台で結果を残す選手ほど、「勝つために必要なことを淡々と積み上げる」強さを持っており、その積み重ねが“崩れにくさ”として表れるのです。
さらに、チーム全体を背中で引っ張る存在感も大きな武器でした。
国際大会で日本勢が戦ううえで、経験と実績を兼ね備えた柱がいるかどうかは、戦い方そのものを変えます。
若手が挑戦する時に、同じチーム内に世界基準の目線を持つ先達がいると、準備の質が上がり、レース当日の迷いも減ります。
渡部暁斗選手は、その柱として長く競技を支え続け、次世代が世界に挑むための道を広げてきたと言えます。
オリンピックメダルが示す価値と重み
渡部暁斗選手を語るうえで外せないのが、オリンピックでのメダル実績です。
ノルディック複合は歴史的に欧州勢の層が厚く、メダル争いの常連国が複数存在するため、表彰台に立つだけでも極めて難しい競技として知られます。
ジャンプと距離のどちらか一方でも崩れれば一気に後退し、しかもオリンピックでは「一発勝負」の重圧が加わります。
そんな中で、渡部暁斗選手はソチ2014、平昌2018、北京2022と3大会連続でメダルを獲得し、日本勢の存在感を世界に示してきました。
単発の快挙ではなく、時代や会場が変わっても結果を出し続けた点に、価値の本質があります。
まずソチ2014では、個人ノーマルヒルで銀メダルを獲得しました。
オリンピックという緊張感の中で、ジャンプと距離の両方を高い水準で揃え、最後まで崩れなかったことが結果につながりました。
ノーマルヒルは細かな点差が勝敗を分けやすく、ジャンプのわずかな乱れがそのまま後半の苦しい展開を招きます。
その状況で安定した跳躍をまとめ、距離でも勝負できたことが、銀メダルの説得力を高めています。
続く平昌2018でも、同じく個人ノーマルヒルで銀メダルを獲得し、2大会連続の表彰台に立っています。
五輪の個人種目で同一種目のメダルを重ねるのは、ピーキングの精度と再現性がそろわなければ実現しません。
ここに渡部暁斗選手の総合力の真価があり、勝負どころで“いつもの力”を出し切る強さが表れています。
さらに北京2022では、個人ラージヒルで銅メダル、そして団体でも銅メダルを獲得し、合計4個の五輪メダル(銀2、銅2)に到達しました。
ラージヒルはジャンプの影響が相対的に大きくなり、攻めた跳躍とリスク管理のバランスがより難しくなります。
そこで個人メダルを獲り、同時に団体でも結果を残したことは、チーム内での役割を果たしながら自分の勝負も成立させた証です。
個人で結果を出すことに加え、団体としてもメダルを持ち帰ることは、次世代の強化や競技人気にも波及する意味を持ち、競技界全体にとっても大きな価値があります。
オリンピックのメダルは、単なる「順位の証明」ではありません。
そこには、積み重ねた時間、負けた日々、修正の連続、そして本番で自分を信じ切る勇気が凝縮されています。
さらに言えば、トップであり続けるほど研究され、マークされる中で、それでも勝ち筋を作り直す作業が必要になります。
渡部暁斗選手が語ってきた言葉の中には、結果を追いながらも競技そのものを愛し、探究し続けた姿勢が見えます。
勝利至上だけではない“競技者の誇り”が、メダルの輝きを一段と深くしているのです。
引退表明とラスト五輪に込めた覚悟
2025年10月、渡部暁斗選手は長野市で会見を開き、2025–26年シーズン限りで現役を退くことを正式に表明しました。
第一線にいるほど「まだやれる」と「ここで区切る」を天秤にかける時間は長くなりますが、渡部暁斗選手の場合は、次の四年へ向かうのではなく、ミラノ・コルティナ冬季五輪を“集大成の舞台”として定めた上での決断だったと受け取れます。
挑戦の終着点を自分で選び、その日から逆算して準備を積む姿勢に、トップであり続けた選手らしい計画性が表れています。
そして迎えたミラノ・コルティナ冬季五輪。渡部暁斗選手にとって6度目のオリンピックは、経験があるからこそ楽になる舞台ではなく、むしろ経験があるからこそ背負うものが増える舞台でもあります。
その中で「奇跡を起こす」「季節外れの満開の桜を咲かせたい」といった表現で、初の金メダルへの強い意欲を語ってきました。
銀と銅を積み重ねても、なお金色に届かない悔しさがあるからこそ、最後の挑戦に熱が宿ります。
加えて、後輩たちが世界に挑むための“背中”を示す意味でも、このラスト五輪には勝負以上の価値があるのだと思います。
一方で、ラスト五輪は「結果だけで測れない時間」でもあります。
ノーマルヒル個人で日本勢トップの成績を残した一方、本人は「人生で一番きつかった」と振り返るほど、心身の限界を押し広げる戦いになったと伝えられています。
ジャンプでの数点が距離の数十秒に直結する競技で、ほんのわずかな判断や感覚のずれが、取り返しのつかない差になります。
トップアスリートの世界では、年齢を重ねるほどに回復や微調整が難しくなり、ピーキングも一層シビアになります。
それでも渡部暁斗選手がスタートラインに立ち続けたのは、好奇心と探究心、そして競技への純粋な情熱があったからでしょう。
苦しいからこそ、なお“挑む理由”がはっきりしていることが、最後の舞台を支えたのです。
ラージヒル個人で悔しさをにじませた場面も含め、最後の大会には勝負の残酷さと、それでも前を向く強さが同居しています。
勝ち切れなかった瞬間まで含めて、渡部暁斗選手の言葉には競技人生を受け止め、やり切ることへの誠実さが滲みます。
結果に一喜一憂するだけではなく、積み上げた過程にこそ価値があると示してくれる点で、このラスト五輪は多くの人の記憶に残るはずです。
引退後については、家族との時間を大切にしつつ、山でのスキーを“趣味として楽しむ”という姿も語られています。
勝負の緊張から離れ、雪山の時間を自分のペースで味わえるようになるのは、競技者にとって大きな変化です。
同時に、競技で培った知見や視点は、指導や解説、競技普及など、別の形で生きていく可能性もあります。
第一線の勝負から離れても、雪山と向き合う時間は続いていくはずです。
競技者としての肩書きを外しても、スキーと向き合う心は変わらないのだと思います。
まとめ
渡部暁斗選手は、ノルディック複合という総合力を問われる競技で、日本のエースとして長く世界と戦い続けてきました。
ソチ2014と平昌2018の個人ノーマルヒル銀メダル、北京2022の個人ラージヒル銅メダルと団体銅メダルという実績は、3大会連続メダルという事実以上に、競技の難しさを知るほど重みを増します。
そして2025–26年シーズン限りの引退表明は、ミラノ・コルティナ冬季五輪を集大成に置く決断でもありました。
金メダルへの執念だけでなく、競技を探究し、最後までやり切る姿勢こそが、多くの人の心を動かしています。
渡部暁斗選手のその価値は“メダルの色”だけで測れないという点です。
挑戦し続けた時間、積み上げ続けた日々、そして最後の舞台に立つ覚悟が、ノルディック複合の魅力そのものを伝えてくれます。
勝負の厳しさの中でも前を向き、次世代へ背中を残そうとする姿勢は、競技を越えて人の心に残ります。
ラストシーズンを走り抜くその背中は、これからも多くの選手とファンにとって、確かな道しるべであり続けるはずです。



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